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福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)52号 判決 1963年5月06日

控訴人 大南町農業共済組合

被控訴人 原ラク

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判め被控訴代理人は「主文同旨」の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

控訴代理人において抗弁として、

控訴組合の定款六六条によれば「建物共済の共済事故が第三者の行為によつて生じた場合において、組合員が当該建物について損害賠償請求権を取得したときは、組合はその額の限度において共済金を減額し又は返還せしめることができる」と定められ、本件共済保険契約は右定款にもとずき、なされたものであるところ、本件建物の焼失は第三者である原信一の放火にかかるものであつて、右建物の価額は四五万円程度であるから、組合員である被控訴人は右建物の全焼により右信一に対し、四五万円の損害賠償請求権を取得している。したがつて控訴人は右損害賠償請求権内である本件共済保険金三〇万円については、その支払義務はないと述べ、

被控訴代理人は、先づ本案前の主張として、右抗弁は原審で容易に提出することができた筈であるにも拘らず、これをなさないで当審にいたり提出することは時機におくれたものであるから却下さるべきであると述べ、

更に、被控訴人は右定款の規定があることは全く知らないで、本件契約をなしたものであるから、右定款の規定は本件保険契約の内容となつていない。仮に右定款の規定が本件保険契約の約款をなしていたとしても、かかる重大な事項を事前に全く知らせなかつたことは信義誠実の原則に反する、のみならず被控訴人がたとえ損害賠償請求権を取得するとしても、原信一は無資力であるから、その賠償請求権は零にしいものであると述べた<立証省略>ほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これをここに引用する。

理由

当裁判所は次の理由を附加するほか、原判決の理由の説示をここに引用し、これと同じ理由によつて被控訴人の本訴請求を正当として認容すべきものと判断する。

すなわち、当審において控訴人が主張する損害賠償請求権の控除の抗弁に対し、被控訴人は本案前の抗弁として、時機におくれたものであると主張するが、右の抗弁提出により本訴の完結が特に遅延させられるものとは考えられないので、右主張は理由がない。そこで右抗弁の内容を検討するに、仮に控訴人主張の前記定款の規定が本件保険契約の約款となつたものとしても、右規定の趣旨は組合員が現実に賠償を受けた場合に限らず、単にいまだ賠償請求権を有するにすぎない場合をも定めたものとは解されない。なるほど右規定では、組合員が第三者に対して損害賠償請求権を取得したときは、共済金を減額し又は返還せしむることができるとして、組合員が現実に賠償を得た場合に限定さるべき点を明示するところでないけれども、およそ保険者の保険金支払義務は原則として被保険者が第三者に対して損害賠償請求権を有するか否かによつて影響を受けるものでなく、たゞ被保険者が第三者から現実に賠償を受けた場合にはその受けた額を控除して保険金の額を算定することができるものであるが、右定款規定の形式及び内容を成立に争なき甲第八号証の記載を参酌して考えると、右の趣旨を明らかにしようとしたにとどまり、単なる賠償請求権を有するにすぎない場合でも、保険金の支払義務を免れるものとした趣旨と解するのは相当でない。若し現実に賠償を受けた場合にとどまらず、いまだ賠償請求権を有するにすぎない場合でも、保険金額を支払う必要がないものとすれば、保険の目的を十分に達することができなくなることは明らかであるから、右の如き約款は許されないものといわなければならない。

そうだとすれば、被控訴人がその子原信一に対し損害賠償請求権を有しているとしても、右信一は無資力にして被控訴人は同人からいまだ何等の賠償も受けていないことは当審における被控訴本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に徴し明らかであるから、控訴人の右抗弁は採用することはできない。なお当審証人津田仙一、釘宮数義及び山崎長喜の各証言によるも以上の認定を動かすに足りない。

よつて、原判決は相当であつて、控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 池畑祐治 秦亘 平田勝雅)

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